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ご挨拶
人体科学会 会長
鮎澤 聡
(筑波大学大学院人間総合科学研究科)
この度、田中朱美前会長の後任として、人体科学会会長を拝命いたしました。
振り返ると、私は人体科学会には、筑波大学脳神経外科の初代教授であり、また人体科学会創設時からの理事でもあった故・牧豊先生の紹介で、1993年に入会いたしました。これは、医師になって7年目のことになりますので、おそらくは6年間のレジデントの研修を修了し、少し余裕の出た頃であったのだと思います。もともと家風として鍼灸治療が身近にありましたので、東洋医学には以前より関心を持っていました。一方で、臨床の場においてちょうど西洋医学の問題点を自分なりに把握し、開放系において自己組織化したシステムが障害を受けたときに如何にして再自己組織化が可能か、という理論構築を考えはじめていた頃でもありましたので、そのような時に入会した本学会では、学会活動を通して多分野の方々と交流を持つことができ、非常に刺激的であったことを思い出します。この思いは、今も変わりなく続いています。
さて、人体科学会は、欧米でのニューサイエンス運動や伝統医学復興の気運、そして「気」に関する科学的思想的研究を背景にして、故・湯浅泰雄先生(創設当時桜美林大学教授)を中心に1989年11月に設立されました。当時は、気功をはじめ、ある種のブームのさなかであり、多くの方が入会されていましたが、1997年の620名をピークに徐々に減少し、ここ数年は350名ほどで推移しています。会員数からみる限りパワーダウンしておりますが、流行が去り、真に問題意識のある人が残って落ち着くところに落ち着いたと、前向きに捉えたいと思います。だとすれば、学会設立から20年経った今こそ、学会の真価が問われる時であり、学会存立の意義をいまひとたび見直すことが必要であると思います。
「人体科学会とは、何をしている学会なのか」と良く訊かれます。おそらくは多くの会員がそのような経験をお持ちだと思います。一つには、学会名がわかりにくいことがあります。学会名に関してはここ数年かけて理事会でも話し合われましたが、名称変更には様々な問題があり、また変更することが本当に良いことかどうかも結論が出ず、ひとまず保留となっています。もう一つの理由として、設立時は学会の活動として「気の解明」を大上段に掲げていたものが、今は研究の行き詰まりもあり、あまり前面に出てこなくなったことがあると思います。気を研究する学会、といえば確かに分かり易いのですが、しかしながら、気というのは、あくまで切り口、もしくは手段の一つであるのだと私は考えています。
湯浅先生は、ちょうど学会創設の年、筑波大学の退官記念講演(『宗教と科学の間』(名著刊行会)に収録)において、「物を扱う科学技術の進歩により、テオーリア(観察)の知がプラクシス(実践)の知に敗北し、近代文明社会は哲学を持たない時代に入った。哲学がないということは生きていくためのよりどころのないということであり、新しい知が必要とされる。テオーリアとプラクシスを分離する考えのない、あるいは心の内面的体験の世界に対する実践的認識を通してこそ高いテオーリアに到達できる「東洋の知」は、新しい知のあり方を示しているのではないか」といったことを述べておられます。私は、これが湯浅先生の出発点なのだと思います。鑑みれば、現代の社会は、当時よりもさらに生きる意味のよりどころなく、社会は益々不安を増しているようにみえます。ですから、今でもなおこの出発点は生きていると私は思いますし、学会の方向性として、会員の方々にはこのことを是非とも心に留めていただきたいと思います。湯浅先生はまたユングの研究をされていましたが、同じ講演の中で「西洋の知は常に自己の外なる世界へと向かっているのに対して、東洋の知というものは常に自己の内なる世界に向けられてきた。この違いは、物についての知と、心(あるいはたましい)についての知の対比とみることもできる。私はユングのそういう考え方にみちびかれてきた」と述べられています。ちょうど昨年筑波大学で開催した年次大会のテーマを、はからずも「魂のありか」としたことも、何かの縁だと感じております。
このような立場からは、自然科学系の研究では、従来の外部観測に基づく方法を踏襲しても自ずと限界があることは明らかです。本学会活動を通して、より豊かで広い内面の世界をも表現できる科学のありかたを模索していく必要があるでしょう。また、その基礎となる哲学を構築すべく、哲学・思想、人文系の方々には是非、強力に学会に参画していただければと考えています。この領域の先生方の存在が、本学会の大きな支えであると私は考えております。
新しい知の探求には、学際的アプローチが必要です。宗教・哲学・心理・理工・身体・体育・武道・芸術・医学など、まさに多分野が集う本学会は、国内外でも唯一無二の存在だと思います。またその学際性が本学会の大きな魅力でもあります。しかし、実際の運営においてはいわゆる専門学会にはない難しさがあります。学際的とは名ばかりで、単に寄せ集めとなる可能性もあります。また、各自が専門という名の何かをもっている以上、いわば二刀流を強いられることになり多くの制約もついてまわります。もっとも、もし人体科学が専門性を獲得すると、その時点で学際性がなくなりかえって魅力を失うという、矛盾めいたことも言えるわけです。そうなることが新しい知の完成であり最終ゴールであるという考えもあると思いますが、常に新たな知のあり方を求めていくのであれば、どこかに収束する必要はないのかも知れません。つまり、私達の学会は他の学会のような「権威」として存在するのではなく、ある種の「場」として機能すれば良いのだと思います。ですから、会員がそこで何か自らの存立根拠を得ることができ、また学会で活動することそのものが意味を生み出していくような、そんな「生きた」学会であると良いと思います。
学会が生き生きとするためには、会員の方々の自律的な参加が不可欠です。これまでも公開講演会・夏期合宿・年次大会などの活動をしてまいりましたが、それらに加えて今年度から、会員の方々がより多く参加できるように、サロン形式の会を開く予定です。また、これまで講演会などは東京で開催されることが多かったのですが、今後は関西での開催も行っていきますので、是非ご参加いただければと思います。また、学会誌「人体科学」への積極的な投稿をお願いいたします。現在予算の都合で年一回の発行となっていますが、会員の増加や積極的な参加で、年二回に戻るよう、努力していきたいと考えています。
これまでの歴代の会長の先生方が築かれてきた基盤のもとに、学会の発展に尽くす所存でございますので、三年間、どうぞ宜しく御願いいたします。
(「人体科学」第19巻巻頭言より)
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