本学会は、1989年に哲学者の湯浅泰雄らを中心として創設されました。人体科学というのは聞きなれない言葉ですが、英語ではmind-body science、つまり「心と体の科学」です。つまり、本学会が追求する大きな課題は、「人間とは何か」という問題です。鮎澤聡前会長の表現を使えば、「人体科学会は「身体」を通していのちを考えていく学会」とも表現することができます。

 本学会発足当時は、一方では科学が自然現象だけではなく、人間もすべて物質レベルから解明できるのではないかという立場がありました。またその反動として、物質に還元できない人間の心や精神というものを再度見直そうという機運が高まり、ユング心理学が注目されたり、さらに中国の気功などへの関心も高まりました。本学会は、そうした混沌としつつも「新たな知」の創造へのエネルギーが満ちた時代背景の下に誕生しました。

 既存の学問のパラダイムにとらわれない自由な知への欲求が、本学会には脈々と流れています。そしてそのために、さまざまな研究者や実践家が集まっています。本学会には、哲学や社会学などの人文社会科学や物理学、生理学、医学などの分野の研究者だけではなく、鍼灸をはじめ東洋の養生法や健康法に関わる実践家の会員もたくさんいます。

本学会の特徴として、以下の三つを挙げたいと思います。

   1. さまざまな分野の研究者や実践家が集まっていること。

   2. 研究分野の違いを超えて、つねに「全体知」を問いなおすこと。

   3. 既存の知的パラダイムや年齢あるいは社会的立場に関わらず、会員が自由に交流できる

     サロン的学会であること。

 上記、2に関しては、それぞれの会員が専門とする科学や実践の枠の中にとどまらず、常に「人間とは何か」「心と体の関係はいかなるものか」「人間と自然の関係はどのようなものか」「生(いのち)とは何か」「死とは何か」などより大きな問い、つまり「全体知」というものを問い続けます。そして再度個々の専門分野との関連を考えます。こうした全体性と個別性へのたえざる知的な往復運動があり、新たな知を深め、広げようとします。

 現代の社会は、科学技術の発展の一方で、人間のさまざまな欲望があらわになり、差別や分断も進んでいます。しかし、本来私たちの身体は、心的なものと体的なものが不可分に調和しているのではないでしょうか。こうした本来のわれわれの心身の在り方や自然や環境との関係を見直しつつ、さまざまな学問分野の探究だけではなく、社会が直面する問題に対しても意識を向けていきたいと思います。そして、異なる専門分野の知識と経験を共有し、互いに刺激を受けて成長し、考え実践を続ける学会を目指します。

人体科学会会長 

 杉岡良彦